ナガシメンって複数形じゃん

めっちゃ音楽好き

asyncについて考えてみた

「async」

 

坂本龍一の新作ですか、それはちょっと気になりますね、と思ってました。

今年の3月ですよね発売したの、確か良すぎて人にきかせたくないとかいってたらしいですね。じゃあ3500円で売るなよと思うけどな。

 

N◯Kのインタビュー番組とかにも出てるのを見たりして、それについては後で書きますね。

 

ちょうど大学の卒業論文環境音楽とかノイズとかサウンドスケープとか、難しそうな解釈をされてる音について自分の考えを書こうかなぁと思ってて。

 

アンビエント…ブライアンイーノ…ノイズ…エレクトロ…エクスペリメンタルミュージック…ミニマルミy坂本龍一!と思い出したわけですよね。

 

調べたらどうやら渋谷らへんで設置音楽展?とかいうのをやってるらしい、学生500円らしい、暇だし行こっかな、どうせ「すごい」んだろうな、って感じで。

 

行ってきましたワタリウム美術館外苑前駅?あーこないだ一次面接落ちた会社があるとこっすね。街ごと滅ぼす。今度ね。

 

なんですよ、つまり言いたいのは、そこまですごい注目してたわけではないってことですね。ファンとかではないってことです。

 

その目線で、思ったこととか考えたことを書こうと思います。素人がわざわざ書くことじゃねえだろボケ!◯ね!とか思う人に言っておくと、もやもやしちゃったから書き出してなるべくいろんな人の解釈を聞きたいなぁと思っているところなんです。意見をください。

 

 

 

async 〜同期しない音楽〜

らしいですね

 

この辺のコンセプトとか思想とか、そういうものについて坂本龍一本人が、N◯HK◯で発言していました。

 

・99%の音楽は同期をめざしている

・あえて同期しない音楽を作ろうと思った

・世の中に溢れている、無意識に無視されている音にも価値がある

 

これだけ聞くと、馬鹿にしてんのかな?って思いませんかね

 

やっぱ坂本龍一、音へのこだわりや向き合い方がすげー!とか思うやついるの?馬鹿じゃないの? 

 

この作品、前提情報とかを知らない状態で聴くと、「あ、エクスペリメンタルミュージックだ」ってなりましたぼくは。他の人はどうなんでしょうか?ここは純粋にきになるところです。

これ実験音楽ですよね?普通の。

アンビエントに、ミニマルの要素とかノイズを加えてる感じ?あとはリバーブ推しって感じかなぁ…

 

アンビエント音楽を、音へのこだわりとか言っちゃうのってすごく横暴っていうか 

坂本龍一じゃない人が同じことしたらどうなの?とか自然と考えてしまいます

 

なんなら、ポップにしてあって、いわゆる実験音楽っぽい(ぽいってなんだろう)感じでもないような

 

作品自体、14曲聴いてみましたけど

特に思ったことはなかったです

素晴らしいとは思わないっていう感じです

 

この感想は難しくて、別に作品を低評価しているとかではないんです。そもそも、こういう作品に良い悪いを求めてしまっては、それこそ公平に音を聴いてないことになるとも言えるし

 

ひとつある問題として、坂本龍一の思想と、聴き手の受け取り方のベクトルのズレというのが考えられます、と思います。

 

なんでN○HK○のインタビューで、あんな実験音楽の初歩みたいなことを言っているのか

 

実験音楽の考え方は坂本龍一が生み出したものではないというのがぼくの考えです

実験音楽について詳しいわけではないですが、あれを引用ではなくあたかも自分の意見かのように発信していますよね?

だから、自分の名前ですでにあった思想を再発行している感じがするんです

 

でも、聴いている人、async設置音楽展に来ている人、見ている人、みんな坂本龍一を褒めている、曲を褒めている、ような印象をうけます

 

これはぼくからすると、少し気持ち悪いというか、宗教みたいなうさんくささを感じてしまった原因の1つだとおもいます

 

設置音楽展についても考えてみました

 

「音楽を展示する?なんかすごそう」

坂本龍一のやることって、なんかすごそう」

 

興味はなんでもよくて

でもそれを「良い」と決めつけるような雰囲気や風潮はよくないと思いました

 

実際、美術館という場所だったり、スクリーンだったりスピーカーだったり、ぼくたちが音楽や音を聴くときに必要な環境以上のものがほとんどでした。

それがゴージャスさとか、体感とか、そういう面で良いと考えるのは普通です。ぼくもそう思います。

ただ、そこの方が良い、絶対に行くべし、体験しないと損、みたいなことはありえないというのがぼくの考えです。

 

そのCDを買って聴くということはその空間にいてそこで聴くということとは違う手段です。そこに劣等性みたいなのを自然と生み出してしまっています。

しかも、音へのこだわり、とかいうしょうもないコメントが、スピーカーとか再生環境、視聴環境に支配されているのもダサい。

 

理想の空間を限定してしまったからこそ、後からイヤホンで持ち出してasyncの楽曲を聴くという体験をしても、それは美術館での体験とは別物になってしまう。

 

そうなるとその作品の評価ってしづらいと思う。あそこで流せば他のアンビエントでもいいんだろうか。5.1cHミックスならなんでもすごくなるんだろうか、とか。

 

坂本龍一がこの事に気がついていないわけないと思うんです。

 

なんであんな事言っているの?

作品の意義はそこではないはずでは?

 

とぼくは考えてます。

同期しない=asyncが本来のテーマなわけがない

 

もしそうなんだとしたら、マジで残念、パクリやん

 

 

長くなっちゃいましたね

 

こんな風に言っても、ぼくはノイズミュージック、エクスペリメンタルミュージック、アンビエントを趣味で好んで聴く大学生なので

 

でもこれはちょっとちゃんと考えたいと思って勉強したいと思っています。

実験音楽や現代音楽の、思想を勉強するのにいい本や人物がいたら知りたいです。おしえてくわしいひと。

 

次は設置音楽展と、空間の定位とか、音素材の方向とかについて、今回よりもまとめて書いてみたいと思います。

音色、距離感、物質感、存在感、触感とかね、考えてることはたくさんあります。

 

アウトプットは大事、がんばります。

インプットも大事、これは好きなので続けます。

 

議論したい!